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明るい絶望。



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ナツマツリ








 これは「私」が体験した何気ない夏の一夜である。


 毎年近所にあるお寺で開かれるお祭りに、数年ぶりに参加した。
 「水あめが食べたい」と言いながら、どこかで誰か私を知っている人と会えるんじゃないかという淡い期待を胸に隠して、薄暗い道をじいちゃんとばあちゃんと歩く。こんな風にして、じいちゃんとばあちゃんの隣で歩くのは、きっと私が幼い頃以来だろう。
 途中じいちゃんの声が懐かしそうに語る。
「何年ぶりだろうなあ、お祭りなんてお前達がいなくなってから行ってないなあ」
 なんだか小学生の頃に戻った気分だった。昔はよくじいちゃんやばあちゃんと散歩に出かけた。その度に、道端に咲く草花を摘んでは家に持って帰った。懐かしい匂い。懐かしい虫の声。懐かしい風。なつかしい風景。何もかもが今の私からは掛け離れた、しかし遠く過去を遡れば私の記憶の中に確実に存在している、遠いのか近いのかよく分からない私の故郷。フラッシュバックに耽る間もなくお祭りの賑やかさが視覚から聴覚から情報として入ってくる。
 屋台には浴衣姿の小さな子供達が群がり、楽しげな笑い声に溢れていた。沢山の小学生や中学生が明るい提灯の光で照らされていた。田舎の、自然と共に育った、まだ何も知らない彼らを少し羨ましく思った。
 神社にお参りに行こうと言うじいちゃんに付いて、ばあちゃんと暗い石畳の道を歩く。杉や松の大木が並ぶ、昔から知っている小道。人だかりから離れると纏わりついていた気だるい空気が消えて、木々の鳴く声を聞いて私は初めて呼吸をしたような気がした。
「小夜子ー?」
 懐かしい幼馴染の声だと、瞬時に判断した私の耳はすばらしい。記憶の片隅に埋もれていたそれを、一瞬で引き出すことのできる私。なんて偉いのだ。なんてすばらしいのだ。
「おー!久し振りー!」と手を振る。薄暗い光が殆どないそこに、彼女は友達とたむろしていた。
 祖父母を優先しようと思った私は「あとでね!」と彼女に告げて、暗い社まで続く石畳に歩みを進める。その途中、じいちゃんは懐かしそうに昔話をしていた。じいちゃんは生まれてからずっとこの場所に住んでいて、この界隈の変化を誰よりも目の当たりにしてきた人間だ。この辺も随分変わったなあ、とじいちゃんは呟く。石の階段を三段上り、私はポケットから百円玉を取り出して賽銭箱に投げ入れた。ここに投げ入れられた賽銭は総額幾らくらいなのだろうか、という下らない考えを取り消して叶いもしないであろうお願い事を唱えた。ご利益などある筈はないのに。
 今歩いてきた石畳を引き返して、幼馴染と合流する。じいちゃんとばあちゃんとはそこで別れた。何故か彼らに興味が湧いたからだった。
「久し振りだなあー!でもひどいじゃん、全然連絡よこさないでさあ」
 そう言うミホに、私は「ごめんごめん」と笑って平謝りする術しか持っていない。
 何も変わらない彼ら。
 何も変わらない関係。
 何も変わらない社会。
 そんな場所で彼らは十八年間も生きてきたのだ。
「懐かしいなあー」
 それは私の本心だった。
「なに急にー!あっち言って田舎が恋しくなったか!」
 冗談交じりに言うメグ。その瞬間メグの人間性を記憶の隅っこから引っ張り出す。こいつは典型的なAB型だ。私は血液型など信用しないけれど、コイツの場合は全てが当たっているのだ。昔のまま。何一つ変わりはしない。メグのただ一つ変わった事といえば、右耳に一つピアスをしていたことだ。それとは逆に変わってしまった私。私だけが場違いのような気がした。
 セイヤは変わった。中身は変わらないのかもしれない。だけと左耳にはピアスが光っていたし、調子に乗った所謂ヤンキー的な口調。そして決め手は「どこのご時世にそんな風貌のヤンキーが存在するんだよ」と思わずツッコミを入れそうになった服装。そんな奴に「小夜子変わったよなあー」なんて、例え事実だとしても言われたくはない。「変わってないよー」なんて最近のギャルみたいに返事を返す私も馬鹿だ。 
 ミホのケータイ番号とアドレスを自分のケータイに打ち込みながら、これから私は馬鹿で能無しの何も考えていない頭の悪いキャピキャピした女を演じるのだ、と密かに決めた。その瞬間タカアキが「久し振りー」とヒラヒラ手を振りながら現れた。これで昔の仲間が揃った。ただ一人を除いては。
 私達は同じ保育園に通い、小学校も中学校もずっと一緒だった。ずっと六人だった。今この場にいないヒロシはいつの頃からか透明人間のようになっていった。私は気にも留めなかったし、興味もなかった。だけど今思うと彼は彼なりの、家庭の事情ってもんがあったのかもしれない。彼の姉、翠ちゃんは私が入っていた吹奏楽部の先輩で、大人しい人だった。私はその後に翠ちゃんが高校に入って不登校になった事を知った。彼女が高校一年の夏休み、彼女はとうとう入院したと人伝いに聞いたのだった。その頃の私には翠ちゃんの気持ちが痛いほど分かったけれど、私はすでにこの土地の人間ではなくなっていたし、そんな時にお見舞いに来られるのも嫌なんじゃないか、と思って何もしなかった。
 今となっては「思い出」として振り返られることを脳裏で考えていると、本気で懐かしい気分になった。次々に浮かんでくる思い出を振り返りながら、私はメグの話に相槌を打っていた。その瞬間メグの口から「◇◇っていいよねぇー、もう◇◇しか聞けないしぃ。それ以外音楽じゃないよねぇ」と零れたのを私は聞き逃さない。何故ならば私も好きだからだ。しかしこんな奴に◇◇の良さなど分かられてはたまらない。憤りを感じた。何故こんな田舎者の芋娘が◇◇など知っているのだ。聞いているのだ。どうしてこんな奴の口から◇◇の名前など出るのだ。どうしてコイツは◇◇しか聞けないなどと言ってるのだ。単なる田舎者が調子に乗ってちょっと不良ぶってピアスなんかを一つ開けてみたりしちゃってしかし◇◇など聴いているのだ。そんなの相応しくない。お前などダサいのだ。お前など◇◇を聴く資格も権利もないのだ。死ね。死ね。そんな思いが今にも表情に表れて終いには目の前で◇◇の話をタラタラ続けるメグを殴ろうかとさえ思った。しかしその瞬間。
「あたし冬に◇◇のライブ行ってさぁー!東京なんだけど、スッゴク良かったのー!東京だよ東京!すごくなーい!?」
 すごくはない。すごいわけが無い。◇◇は今でさえチケットなど手に入らないし大物と呼ばれているし音楽好きに◇◇を知らない奴はいないだろうが、お前なんかが行っていいライブではないのだ。お前なんかが聴いていい音楽ではないのだ。爆発しそうになる自分を冷静に抑える。この話題を回避しなければならない。もう二度とこいつの口から◇◇などという言葉が発せられないようにしなければならない。私は絶対に認めない。メグなんかが私もまだ足を踏み入れた事の無い◇◇のライブという神聖な空間に入った事など一切認めない。私は認めない。こんなミーハー女が私の好きなものを好きだという事実を認めない。同じ音楽を聴いているという事実を認めない。私は認めない。私は───
「てゆーか、小夜子カレシいんの?」
 私はセイヤの声ではっとして我に返った。私は演じなければならないのだ。そうだ。私は馬鹿な女だ。呪文のように私は自分にそれを言い聞かせ、アホな私を作りあげる。
「いないよぉー」
「へー、以外!じゃあ今まで何人カレシいたの?」
 そんな事お前に教える筋合いなどない。私に彼氏がいようがいまいがお前には一切関係の無い事だし、私はお前なんかにそんな事を喋りたくはない。
「内緒っ」
「えー、教えてよ」
 メグもミホもおもしろがって妥当な数字を言ってくる。「十人?」「五人?」なんて言われても私は答えない。
「別に何人でもいいじゃーん!」
 と馬鹿なふりをしてヘラヘラ笑っていると、「小夜子には過去に彼氏が十人以上いたイケイケのギャル」という設定になっていた。かえって都合がよくなった。
 一段落ついたか、と少しホッとしたその瞬間、セイヤの舐めるような視線に気がつく。コイツ絶対ナルだ。コイツ自分モテルし、とか思ってるクチだな。キモい。キモい。そのまま恋バナに花が咲き、ミホにはこの間分かれたアブナイ彼氏がいたとか、メグには未だ一人も彼氏ができない=(イコール)未だに処女だとかいう事を知った。タカアキはあんなにナヨナヨして頭もそんなによくないのに、高校に入って彼女ができて、今は付き合って半年になるという可愛い彼女がいるそうだ。因みにタカアキのケータイの待ち受けは彼女と撮ったプリクラで、なんとも可愛いらしかった。しかしだんだんと恋バナを進めて行くと、こいつらは付き合えれば誰でもいい、恋愛は長さより数、というなんとも軽い主義の人間達なのだという事がよくわかった。気持ち悪かった。
 ミホもメグもセイヤもタカアキも、みんなメールを打ちながら会話をしているのに気がついた時、なんとなく虫唾が走った。こいつら今、メールで私の事話しているのだろうか。こいつら「小夜子変わったよねー」「馬鹿そうだよねー」とか言っているんだろうか。私は馬鹿じゃない。私はお前らなんかよりも世間を知っているのだ。私はお前らなんかよりもずっと大人だ。お前らなんかにどうこう言われる筋合いなんかない。てゆーかそんな事どうでもいいけど人が喋ってる時にメール打ちながら聞いて適当な返事するってどういう事なの、そんなの礼儀じゃない、マナーじゃない、モラルの欠片もお前らにはないのか。お前らは何なんだ。調子に乗るんじゃない。こいつらふざけてやがる。こいつらこいつらこいつらこいつらこいつら───
 突然ミホのケータイの液晶が私に向けられた。わけも分からずにその画面を見ると、そこには「実はあたしセイヤの事嫌いなんだよね」という文字が浮かんでいた。ミホと二人、顔を見合わせて高笑いする。さっきまで目の前の人間達に対して被害妄想を抱いていた私は、こんな風にくだらない事で笑い合っていたあの頃が懐かしんだ。矛盾していることは分かっていた。私は常に矛盾しているのだ。
 屋台もたたみ始めた時、話のネタも尽きていた。相変らず涼しげな虫の鳴き声だけが耳に届いていた。私帰りたいな。私は帰りたいな。もうこんな奴らと一緒にいるのは無理かもしれないな。私はこの場にいてはいけないんじゃないかな。
 タカアキが持ってきた花火の二つの内片方を持ち逃げして帰ろうか、という話になり、女三人タイミングを見計らって花火を持って逃げた。暗い夜道を三人で歩いて、昔みたいに下らない話をした。私の家の前の小川で花火をした。女三人でショボイよね、こんなのここだから許されるんだよ、なんて他愛ない会話も楽しく思えた。
 しかしそれとは裏腹に、私の体内は黒く侵食されていった。「つまらない」「価値観が違いすぎる」「彼らの世界は狭すぎる」「私は彼らの社会の汚物なんじゃないか」なんて言う事が私を埋め尽くした。私はこんな所では生きられなかった。緑や赤の明るい花火の炎を笑顔で見詰めながら、腹の底ではそんなことを考えた。ロケット花火がしたかったのに、結局線香花火で締めた。最後の線香花火の炎が川の水にポトンと落ちるのを鮮明に記憶した。
 別れ際、私の半分以上は黒く塗りつぶされていて、ミホとメグには残りのまだ笑顔の私でバイバイをした。また逢おうね、なんて心にもない奇麗事を叫んで、暗い夜道に消えて行く彼女達を見送った。
 花火の後片付けもそこそこに、私は早くこのうっとおしさから逃れたくて、風呂に駆け込んだ。だけど私を染めた黒いものは落ちるどころか、私を益々侵食し続けた。私は本当に黒くなってしまうんじゃないかと思った。黒く侵食されるのを、私は止められない。抵抗しても無駄なのは分かっているのだ。私は抵抗しない。私は、私は自分が完全に塗りつぶされる前に今夜の事を記憶から抹殺した。







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